少ない装飾で魅せる靴
革靴の中で最もシンプルなデザインであるホールカット。
タンを除き、1枚の平面の革をシワを付けずに立体的に靴として仕上げられている。
縫い目はヒールに1箇所だけ入っていることがほとんどで、中には360°見回しても全く縫い目のないものもある。
縫い合わせが最低限なので、見え方は至ってシンプル。
その分、製造技術やラストの特徴が如実に表れる。
また、使用する革も大判の革から裁断しなければならない。
そして、そこには傷がなく革質も上質なものが求められる。
思った以上に作り手にとっては、厄介な靴なんじゃないか。
初めて見た時にはこの洗練された見た目には心惹かれたのを強く覚えている。
デザインとしての気配を消してるはずなのに、なぜか目につく。
立体的キャンバス
ホールカットは履きジワ、素材、ラストといった革靴マニアが好きそうなことを十二分に楽しませてくれる。
履きジワを楽しみ、革の素材を全面的に見せて、ラストを主張する。
素材感を全面に
ホールカットは1枚の革でできているからこそ、使用されてる革の特徴は全面的に発揮される。
カーフ、グレインレザー、コードバンといった素材の違いや、手染めされた革というのも魅力的だ。
用いる革によって、靴表情は大きく変わる。
ちなみに、先ほどから何度も登場しているこの靴は手染めされている。
履きジワを育てる
ホールカットでは余計な装飾がない分、履きジワは目立つ。
初めてホールカットの革靴を購入した時は、その美しさあまりに履きたくないという想いが強かった。
恥ずかしながら、履きジワが入ると新品の美しさ消して、汚したような気持ちになったのを覚えている。
しかし、今は履きジワは愛でるもの1つという意識に変わった。
決してネガティブなものではなく、同じ靴でも唯一無二を作るための因子。
もちろん、ケアをしなければここから劣化することが多いので要注意。
装飾の多い靴だと、シワよりもデザインが強く見えることが多いが、ホールカットでは履きジワをこれでもか主張できる。
私のSaint Crispin’s(サンクリスピン )の靴でも履きジワがくっきりと刻まれて、その部分が他とは微妙に色彩が異なっている。
「良い履きジワ」の定義はなく、甲に細く一文字に入ったシワ、荒々しく太く分岐したように入ったシワ、どちらも魅力的だ。
また、コードバンのような独特なシワを刻む革などはホールカットだと特に楽しめる。
ラスト
シンプルなだけに同じホールカットでも違いは明確になる。
良いラスト、悪いラストという線引きは難しいが、より足の形状に近づけているねじれの効いたラストだと、陰影のある立体的な靴になると思う。
また、同じシューメーカーのホールカットであっても、爪先の形状は印象を大きく変える。
特にスクエアトゥや立体的に尖らせたチゼルトゥなどは、同じホールカットでも違いを出しやすいものだと感じる。
各シューメーカーのホールカット
フローリウォネ(Floriwonne)
こちらのシューメーカーはイタリアの靴を彷彿とさせるラスト。
丸みというよりも角がしっかりあるドレッシーな作り。
オーダー(MTO)で作られるているにも関わらず、10万円弱のエントリー価格というのが嬉しい。
染めも美しく、フローリウォネのInstagramに掲載されてる作品は目を惹かれるものが多い。
カルミナ(CARMINA)
スペインを代表するシューメーカーであり、レディメイドながらコードバンのホールカットがラインナップされている。
ホーウィン社のシェルコードバンという一級品どあり、ソールもJRと使用している素材へこだわりを感じる。
履きこむことで、良いシワを楽しめそうな一足。
サンクリスピン(Saint Crispin’s)
最後に私も愛用しているサンクリスピン。
このシューメーカーは所在をウィーンとしていて、工房をルーマニアに構える。
ここよシューメーカーではMod.114とMod.600というホールカットは2種類ある。
Mod.114はここまでも紹介しているこのタイプのホールカット。
一方で、Mod.600はこのようなモデル。
一見すると大きな違いは無いように見えるが、かなりの価格差がある。
- Mod.114 €1,225
- Mod.600 €1,787
差額 は€562。そしてデザインの違いは縫い目の有無によって変わる。
Mod.114はインサイドに縫い目が入っているのに対して、Mod600は360°シームレスのホールカット。
Saint Crispin’sの公式サイトでもTHE “REAL” WHOLE CUTと名付けられている。
製法が違うため、納期もこちらの方が長くかかるようだ。
ホールカットって面白い。
今回この記事を書いたのは、ホールカットって面白くない?に尽きる。
贅沢に使われた1枚革で作られた誤魔化しの効かないシンプルさはなんとも潔いと改めて思う。
シンプルゆえに革靴として、楽しめる点が多いのも魅力に感じる。
- 素材(革)を特徴を楽しめる
- 履きジワを目立たせやすい
- ラストの形状が出やすい
この洗練されたデザインが美的感覚の琴線に触れる人も多くいるだろう。
また、多くのシーンで履きやすい靴なので、愛着の湧きやすい一足になるんじゃないかと思う。
▶︎サンクリスピン (Saint Crispin’s) 経年変化の記録
コメント