ビスポーク
紳士服における最も贅沢な注文であるビスポーク。
顧客1人1人の型紙を作り、その人専用の設計図を組み立てるのだ。
ああしたいこうしたいという要望を聞き、採寸を細かく取って作り手と顧客の頭の中に描いてるモノを一致させる。
そして具現化する。
似た言葉で、オーダーメイドという言葉はよく聞く。
既成服と比べて、自由度の高いMTMなどが多く展開されるようになったからだろうか。
MTMは既存のパーツを顧客の体型に合わせて組み合わせて作り上げる。
設計図はできてるけど、パーツの色や形は指定の範囲で選べる仕様。
私も体のバランスが問題で既成服は合わないものが多く、どこかを合わせればどこかが合わなくなるという堂々巡りに陥っていた。
そんなこともあって、シャツはこれまでもMTMで作っていた。
しかし、モノを置けば滑り落ちる様な「なで肩」や横から見ると緩やかなS字を描く「身体の歪み」など、駄個性とも言える身体のコンプレックスを補正するまでには至らない。
まあなんというか、作りに満足はしてたけど、痒いところに手が届かない。
結局のところ、どこまで追求するかによって、既製、MTM、ビスポークを選ぶかが変わる。
今回はちょうどシャツの買い替えのタイミングであったので、背伸びをしてビスポークでオーダーすることにした。
憧れの仕様とサイズ感
どこで作ろうか悩んだ挙句、MINAMI SHIRTSでオーダーをすることに決めた。
理由はビスポークの中では手頃で、憧れる仕様を得意としているようだったから。
私が着てみたかったのは、各所にギャザーの入ったシャツ。
MINAMI SHIRTSのInstagramでは、綺麗なギャザーの入ったシャツが数多くみられる。
ここだと決めたら、行動の早いの私は早速アポを取って、日本橋のアトリエに出向いた。
はじめて伺った時はGoogleMapの示す場所に着くと、そこには小さなビル。
ここで合ってるのか?
という不安とともにわきの階段を上り詰め、5Fの「MINAMI SHIRTS」のロゴの看板が置かれているのを見て安堵する。
初めてのビスポークで、庶民には敷居が高いんじゃないか、求めてる客層じゃないと思われたらどうしようという不安もありながら扉を開けると、6畳ほど?の小部屋に南さんがいらした。
部屋の一面には棚があり、数多くのパンチブックが並ぶ。
隅にはテーブルとその上にアイロン、姿見が置かれている。
シャツ屋のアトリエとはこういうものなのかと勝手に解釈にした。
そんなロマンのあふれるモノに囲まれて、オーダーの話へうつる。
- ビスポークは初めて
- なで肩のコンプレックス
- ギャザーのあるシャツが欲しい
という私の意見を伝えた。
南さんからは、これまではどんなシャツを着ていて、どこで作ったり・購入していたのか。
また、どんなシーンで着たいのか、着ていてどう思われたいのか・・・etc
と多くの質問のやりとりをした。
その後、生地、細部のディテールの選択をして採寸。
初めてなのでまずは仕事で使える白シャツをオーダーすることに。
生地はALUMOの170番手の生地。
ボタンは小さくて厚みのあるものを選んだ。
念願のギャザーは袖、肩、バックヨーク下に入れてもらうことに。
また、その他にもビスポークならではと感じたことがあった。
首が長く見えてしまうことが気になっていたことを伝えると、襟台の高さや角度を調整してそれが目立たないように仕上げる。
S字を描いた身体の歪みにも、それが分かりにくいようにしてもらう。
他にもたくさん聞いたことはあったが、分かっている様で分かっていなかった体の癖や仕立ての内容などを伺った。
オーダーするだけで貴重な経験をできた気がする。
シャツの受け取り
2020年10月の頭にオーダーしたシャツは質量のない構想から形となって現れる。
「できましたよ」という連絡に対して、即レスで受け取り日を予約。
すっかり寒くなった真冬の晴れた日に、日本橋にあるアトリエに再び出向く。
今回は迷うことなく、そのアトリエまで辿り着く。
前置きの話は少なめに、楽しみにしてましたと本音を切り出す。
南さんが目の前に長方形の黒い箱を出して、蓋をあける。
包装紙をめくると、そこには真っ白で艶やかなシャツが現れた。
語彙足らずの私は「凄い!綺麗!」と誰でも言えそうな感想を心の底から本音で言った。
その後に、フィッティングに移ってサイズ感を確かめさせてもらう。
南さんは「1回目で決まるといいんだけど、、」
と仰っている間にシャツを羽織る。
腕を通す時に、肌に触れたところが気持ちよい。素肌に着たいくらいの生地だ。
ボタンをとめると、姿見の前には袖と肩周りにギャザーを纏ったシャツ着た自分が映る。
「良い。」
ギャザーの効いた身体にあった良いデザイン。
であると同時に、足を止めてじっと見ていたいアートにすら感じる。
と思ったのもつかの間、南さんはもっとここは取れると脇から胸にかけたところをつまむ。
たしかに多少ゆとりがあるようにも見えるが、こんなもんじゃないのかなと思っていた。
しかし、数々のシャツを作られてきた職人の目にはまだ追及の余地ありとのこと。
ビスポークの由来はbe-spoken。
作り手の顧客の対話の中で作り上げるという意味があるんだとか。
こうして対話を重ねることで、次はこうしていこうとより良いモノを作り上げていく。
かかりつけの職人がいると、こうしたより良いものへのサイクルは加速していくのだろう。
仕様
アトリエで試着をした際に多少のシワはついているが、家戻って改めて見てみる。
ウエストが絞られた曲線のデザインで随所にギャザーが散りばめられている。
ギャザーは、袖・肩・バックヨーク下の3箇所に入れている。
デザインと運動量の確保として入ったギャザーは、見た目と機能の両面で満足させてくれる。
ボタンは小さく厚みのあるものを選択しているが、つけにくさは一切感じない。
生地との間にゆとりを持って縫い付けてあり、ボタンホールも少し大きめに作っているからだろう。
そして、ステッチは「際」を縫ってもらった。
特に理由がないけどサンプルを見る限りではこれが好きだった。
生地はスイスコットンのALUMOの白。170番手は初めてだったので、手触りや艶感にぞっこん。
当たり前だけど、パンチブックで見るのとは大きな違いがある。
本来であれば、こうしたシャツの紹介は何度か着用して洗いを繰り返してからにすべきだったかもしれない。
でも、この受け取りの時の感動は忘れないうちに残しておきたい。
良いシャツを贅沢に着る
仕事で着ているシャツは5枚しか持っていない。
月曜日から金曜日まで1着づつ着て、週末にアイロンをかけてまた翌週に備えることを繰り返す。
代わりに入ったこのシャツも出し惜しむ事なく着ていくことになる。
1日の始まりに着ることが多く、途中で脱ぐことはほとんどないからこそ、ストレスなく着れるものが理想。
このシャツに限っては、ストレスフリーに加えて、何気ない生活の中に存在する美を堪能できる。
大切に頻回に着ていこうと思います。
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